3月27日

この日は 朝7時にホテルを出発しました。

韓国では司法解剖をすることが多いらしく。父も 司法解剖をすることになり

父と共に病院へついていきました。

病院では 司法解剖する前に 

父と確認するために「家族の方 一人でいいので来てください」と言われたので

私が行ってきました。

父の顔を見たときに 父の顔を見るのは これが最後かもしれない・・・・・・
って感じました。


どれくらい待ったでしょうか。。 解剖の結果 父は脳卒中でした。
心臓も肥大していたようで・・・・
お酒も飲んでいたし 心臓に負担がきていたのでしょうね。。。

それから バタバタと大使館に行き 昼ごはんも車の中でとり

いったん収容されていた病院へ行き 

火葬場へ。

父の乗った車が 私達の車を先導するように 火葬場へ向かっていたのですが
その車が生前父が乗っていた車に似ていて・・・

最後に父とドライブをしているようでした。
窓から見える韓国の景色
父と一緒の景色を見ているんだな。。っと思っていました。


父の乗った車と 信号で離れてしまったとき 信号のちょっと先で ハザードを出して
待っていてくれていたのですが


昨年 私達が 鳥取に行ったときも 父は自分の車に乗り わかりやすい道まで私達の車を
先導してくれていました。
信号で離れてしまっても ちょっと先で ハザードを出して
待っていてくれてたな。。。なんて。。。


あのときのことを思い出し。 こみあげてくるものがありました。



火葬場に到着し 火葬をする前に もう顔を見ることはできず
あのときに感じたとおりで。。
私が最後に父の顔を見ることとなりました。

火葬をするときに 初めて父の死を実感し この世からいなくなると思うと
涙がとまりませんでした。
そして、 心の中で 自然に父に

「私を 生まれさせてくれて ありがとうございました。」

っと感謝の言葉を伝えていました。


韓国では 骨を砂のようにしてしまうそうなのですが
大使館の方の配慮で 少し骨を残してくださいました。

骨は火葬場の方が骨壷に入れてくれるのですが
骨壷は日本と違って とっても色使いがキレイで 豪華で
思わず 父らしい骨壷ですね。。。っと叔母に言うと 叔母もうなずいていました。

無事 火葬もすませ ほっとしていたのですが
まだ調書が残っていたようで それから 警察署に行き
すべてが終わり 叔母とお別れしたのは  夜の9時過ぎ


 ガイドさんが 明日の朝の8時の便を予約してくれていたので
私達夫婦は 朝が早いため 空港近くのホテルへ移動し
ホテルに着いたのは 夜の10時ごろでした。

すべてが終わっても 2人とも どこか緊張していて
結局 この日も あまり眠れませんでした。







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